アムド地方に於ける羊の解体と腸詰め料理

2017年8月23日、羊の解体の技法をアムド・レプコン(青海省同仁)近郊にあるアンドンA mgron 村の農民ドルジェチャプrDor rje skyabs氏にお願いして見せていただきました。

調査目的は当地の羊解体の手順、特に内臓の処理の仕方とそれを使った料理の方法の実際を実見することです。

羊の解体はアムド地方一般には男性が担当し、女性が内臓処理を担当すると聞いていましたが、この家では内臓の処理まで一貫して主人のドルジェチャプ氏が行っていました。

全体的な印象は、畜動物に対する配慮にあふれた憐憫の心を持ちながら彼らが作業をしている事です。

すでに多くの報告があるように、解体に先立って羊の口と鼻をロープで縛って呼吸を止め気絶させるのですが、この方法をカダム(口縛り)或いはウクチェー(断息)と呼んでいます。最も苦しまずに命を終えさせる方法だと彼らは考えています。

 
窒息させ気絶させる
 
大動脈を手でちぎる

家の中では、それに伴って当家の長老が経文を唱えて羊に対する感謝と回向の儀式をおこなっていました。

今回選ばれた個体は現地の齢数表現ではso drug kha gang(ソトゥク・カガン)とよばれる6歳のメスです。

アムド牧民が行なう解体の大まかな手順と関連する身体部位、特に枝肉の部位の名称に関しては若干の報告があり、そこに詳しい記述があるので仔細には繰り返しませんが、今回は肉以外の部位、特に料理に使われることも多い五臓(don lnga トンガ)六腑(snod drug ヌトゥク)と呼ばれる内臓に関して見聞した事を報告したいと思います。

 
身から皮を外していく
 
開腹する

都市部の市場で肉を販売している店はすべて回族の店です。

チベット人が行なう無痛の中の屠殺とは殺方法が異なり、その店頭に吊り下げられている肉は恐怖や緊張の関係で肉質の中に血がまわり、一様に赤みを帯びた肉です。

青海チベット人のこのダムと呼ばれる方法で得られる肉は肉質の中への充血が少なく肉自体は白っぽいですが、横隔膜よりも上の心臓と肺が収まる胸郭部分(ya khog)に血が溜るので、先ずはそこから血を汲み出す必要があります。

 
血を汲み出す
 
肺と心臓の取り出し
 
次に内臓を取り出す
 
消化器の処理

肺臓・心臓・肝臓・脾臓・腎臓のいわゆる五臓は、アムド地方では「肺臓 glo baロワ」「心臓 snying ニャン」「肝臓 mchin ba チンバ」「脾臓 mtsher ba ツェルワ」「腎臓 mkhal ma クヮマ」と呼ばれています。

 
肝臓
 
脾臓

六腑は、「胃 pho ba ホワ」「(小)腸rgyu ma ジュマ」「大腸 long ga ロンカ」「三焦 bsam se’u サムスィ(精巣/卵巣)」「膀胱 lgang ba ガンワ」「胆嚢 mkhris thum ティトゥム」です。ホワは胃という意味とお腹全体を意味する時があります。

消化系臓器

牛や羊など反芻動物には複数の胃がありますが、第一の胃を表す単語は grod pa ジョッパ あるいは kyo pu ジョプと言います。

 
第一の胃の内容物除去
 
表裏を水洗い
 
ハチノス状の第二胃
 
第三胃
 
第三胃には胃石が含まれる
 
洗浄すると「千枚の襞」が

第二第三の胃は、kyo pu dpe cha ジョプ・ホェチャ、kyo pu pho sul ジョプ・ホスと呼びます。地方によっては第三の胃に繋がるものを第四の胃と呼ぶ場合もありますが、この地方ではジョプ(胃)とはみなさず単にホワと呼んでいました。

腸は全体を rgyu ma ジュマ と呼び、料理の名前としての腸詰めも同じくrgyu ma ジュマと呼びます。

phye rgyu シジュ、khrag rgyu チャクジュなどは小腸の部位で作ります。大腸で作る腸詰はrgyu khya ジュチャ、g-yas rgyu イジュ と名付けられています。単独で塩茹でして食べる臓物もあります。

日本のホルモン焼きのように「焼く」という方法は伝統的なチべット料理にはありません。ただし最近は、西欧起源のバーベキューを都心部の若者たちは楽しむといいます。その場合でも野菜はほとんど摂らず肉のみを焼くのだそうです。

腸詰め料理

最も好まれ、最も盛んに食べられるのは腸詰(ソーセージ)です。

腸詰料理は総称してrgyu ma ジュマですが、中に詰める具材によっても様々な種別があり、また上述したように、使う腸の部位によっても料理は異なります。これはその部位の強度、つまり破れやすさに応じて具の内容も変わるのだと説明を受けました。

g-yas rgyu イジュ、 khrag rgyu チャクジュ、そして phye rgyu シジュと呼ばれる腸詰め料理が一般的に好まれるとのことです。

g-yas rgyu イジュの中に詰めるものは、ske sha フキヒャ=頸肉、glo ba ロワ=肺臓、grod pa ジョパ=第一胃、snying ニャン=心臓、sha tshil ヒャツィ=脂身、gro phye ジョシ=小麦粉、tshwa ツァ=塩、tsong ツォン=葱が一般的だそうです。

 
頸肉
 
肺臓
 
第一胃
 
心臓
 
横隔膜周辺の脂身
 
小麦粉
 
 

詰め込み作業

大腸に関しては一定の太さがあるので、具を直接手で詰め込むことが出来ます。

詰め込む前に予め裏返して小麦粉を腸内面に振りかけておき、その上で小麦粉を添加した裏面を巻き込みながら具を充填していきます。

 
詰込み
 
充填
 
詰上がり
 
端を結ぶ

khrag rgyu チャクジュ(血のソーセージ)の中に詰めるものは、khrag チャク=血 、nang sha ナンヒャ=腹部の内臓を囲む肉、yer ma イェルマ=花椒、tshwa ツァ=塩、そしてmchin ba チンバ=肝臓を入れるのが一般的ですが、今回は肝臓の状態が良くなかったので、その代わりに脾臓 mtsher ba ツェルワが使われていました。茹で上がりは黒いので rgyu nag ジュナクと呼ばれます。

 
血に塩と山椒を入れる
 
ナンヒャを入れて撹拌
 
胃を詰め込みの道具として利用
 
具を送り込む
 
結び目を付けていく
 
チャクジュの下ごしらえが完了

phye rgyu シジュの中に詰めるものは、チャクジュの中に詰めるものに足して、gro phye トシ=小麦粉あるいはsran phye センシ=豆粉、sgog pa フゴッパ=ニンニク、tshwa ツァ=塩、tsong ツォン=葱でした。

肝臓を中に詰める mchin rgyu チンジュも好まれるといいますが、今回は肝臓の状態が良くなかったので断念したそうです。

最後に詰める道具として利用した胃(第四)の中に、残った詰め物を全部詰めて、菜箸を使って器用に縫い上げます。

 
詰込み道具の胃にも具を詰める
 
菜箸で縫って止める

茹で上げ

大釜に湯を沸かしその中で茹で上げていきます。特に他の食材を添加する様子は見受けられませんでした。

ハーンは肉食をしないので丁重に断りましたが、すべての構成員に平等に分配されていました。

 
茹で上げ
 
ジュマ料理の完成
 
腎臓はそのまま茹でられていた

※アムド(青海チベット)語のカタカナ表記についてはアムド語の達人である東京外国語大学の海老原志穂さんから沢山の有益な助言を得ました。記して感謝します。

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